自然とともに、すくすく。のびのび。
三重県四日市市の
小川の流れる幼稚園です。

7月の聖句

今月の聖句

“闇が過ぎ去り「既にまことの光が輝いているからです」”

ヨハネの手紙Ⅰ 2章8節 

7月の聖句

 7月は一学期も終わり、早や夏休みになります。年長組はお泊まり遠足もあり、大きな想い出を残します。

 さて、キリスト教には三つの大きな記念日があります。第1は、イエスさまがお生まれになったクリスマス(降誕祭)。第2は、イエスさまが十字架上に死に、甦ったイースター(復活節)。第3はイエスさまのお約束通り、イエスさまの復活から50日目、天から聖霊が降ったペンテコステ(聖霊降臨祭)です。
 神さまは世の初めから終わりまで、いつも私たちと共にいて下さいます。その「しるし」は旧約の時代、選民イスラエル民族が移動する民であったときは「天幕」に、定住の民となってからは「神殿」に、そして今の新約の時代は、私たちの身体を幕屋・神殿として、その内に住まわれます。

 イエスさまは、私が世を去ったら、“父が私の名によって弁護者(英語の聖書では、ヘルパーあるいはワンダフル(偉大な)カウンセラー)を遣わす”と言われました。“父のもとから出る真理の霊、平和を与える霊”とも言われます。

「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている(ヨハネによる福音書1章1~5節)。」 
 この世の暗闇とは何でしょうか。この肉と血をもった私たち人間は欲望の虜(とりこ)となり、地位や権力、富や性などに依存しすぎて、結果としては破れ、敗北し、死に至ります。政治家たちは民の平安や、安心、平和ではなく、利権に生き、最後は民の富を取り上げて武器を買い込み、戦争の準備をし、破滅への道を辿ります。闇に住む人間とは何と悲しく、さびしい存在なのでしょうか。死に向かうのです。 

 イエスは言われた「わたしは道であり、真理であり、命である。(ヨハネ14:6)」真逆に、いのちに至る細い道です。「あなたがたは(この)世では苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。(ヨハネ16:33)」世と最後の敵である死に勝利されたイエスさまは、まことの光として外で輝いておられます。そして、私たちの内に住む聖霊は私たちが聖書の言を読むとき、内の光として働き(内的照明―イルミネーション)輝くのです。私たちの人生を輝かせるのです。「光の中にいる」者として、新しい掟―互いに赦し合い、互いに愛し合いなさいー互いに相手を輝かせなさい。「あなたがたは、以前は暗闇でしたが、今は主に結ばれて光となっています。光の子として歩みなさい。-光から、あらゆる善意と正義と真実とが生じるのです。
- (エフェソの信徒への手紙5:8~9)」

 暑い季節がやってきます。お子さまおひとりおひとりの上に、皆さまご家族の上に、光と平安を祈ります。

 

 

園長 山田 昭和