自然とともに、すくすく。のびのび。
三重県四日市市の
小川の流れる幼稚園です。

10月の聖句

今月の聖句

「ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結ぶ」

マルコによる福音書4章8節

 

10月の聖句

 10月は自然界の多くのものが実を結ぶ季節です。動物たちもその実りの恩恵に与かります。「ほかの種は良い土地に落ち…」とありますが、良い土地でないところはどのような土地なのでしょうか?「道端」「石だらけの土の少ないところ」「茨の中」(4~7節)とあります。イエスさまは、続いてこのたとえ話について解説をなさいました。
「種を蒔く人とは神さまのことばを蒔くのです。(マルコ4:13-20)
その神のことばを私たちがどのように受け止め、自分の人生を生きるか。その態度と共に、神さまから受ける祝福の豊かさを示しているのです。

 道端に落ちた種とは、聞いても右から左にすぐに抜けてしまい御ことばから何の意味も見い出せない人。石だらけの土とは、いつ時喜んで聞き感動もしますが、日頃の多くの思い煩いや困難に合って根付かない。茨の中とは、自分の中にあるいろいろな欲望や富への誘惑、名声など、神のことば以上に、この世の関心事が自分の行く道をふさいでしまう…のです。

 「良い土地に落ちた種だけが芽生え育って実を結び30倍あるいは60倍、100倍の実を結ぶのです(マルコ4:8-20)
「良い土地」とはどのような土壌なのでしょうか?この世での一般的評価としての成功や繁栄とは、富の豊かさ、名声や地位、権力の座あるいは多くの持物などでしょう。しかし、この世のものはすべてが、色あせる、滅びる、失う、過ぎ去るものなのです。技術や知識、仕事や人間関係、自分の記憶や健康さえも失われてゆきます。

 今の自分を支えている本当のものは何でしょう。長い人生の折々に、ひとつ、またひとつと失い、新しいものに出合います。同時に自信や意味さえ見失う場面があります。小さな個という存在は何に支えられ、いのちは何に繋がっているのだろうかと戸惑いと不安にかられます。神のことばに出合うということは、自分の心の貧しさが露(あらわ)にされ、魂の飢えに気づくのです。自分には本当に誇るものも、頼るものも何一つない。自分の闇に気づくことなのです。

 イエスさまは
「心の貧しい人々は幸いである。天の国はその人たちのものである。」
「悲しむ人々は幸いである。その人たちは慰められる(マタイによる福音書5章3-4節)
と説かれました。心にぽっかりと穴が空いて貧しくなった人、魂に飢えと渇きを覚えている人たち。隣人を愛することが出来ない、許すことが出来ないと自分の弱さを悲しんでいる人たちこそ、よい土地の人なのです。自分を誇るのではなく、神に依り頼む者こそが、幸いな人であり、慰めを受けるのです。神に祈る人なのです。
「神の求める献げ物は砕かれた霊。神よ、砕かれた悔いる心を、あなたは侮(あなど)りません(詩篇51篇19節)

 今の私たちは、身体の健康に関して過敏と思うほどに心を寄せています。しかし、私たちは心を豊かに育て、精神のケアのことに更に思いを向けたいと祈ります。「人はパンだけで生きるのではなく、人は神の口から出るすべて(一つ一つ)のことばによって生きる(申命記8:3、マタイ4:4)」神さまからの恵みと平安をお祈りします。

 

 

園長 山田 昭和