自然とともに、すくすく。のびのび。
三重県四日市市の
小川の流れる幼稚園です。

11月の聖句

今月の聖句

「同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして」

フィリピの信徒への手紙2章2節

 

11月の聖句

 11月は霜も降り始め木々は葉を落として、冬に一歩近づきます。「ありがとう礼拝」を中心に内面的なもの―愛や感謝も深まります。さて、自分の人生は誰のものでもなく、自分のものであり、その目的は宗教的な点から見れば「自分の救いを達成する」ためのものです。しかし、“よこしまで曲った時代の中に生きている(ピリピ2:15)”訳ですから、この世に倣ってしまえばどこまでも流されてしまいます。自分の人生を走ったことが無駄ではなく、苦労したことも益としてゴールの日を誇ることが出来るようになるためには、キリストを模範としなさいと、著者であるパウロは勧めます。

「キリストは神の身分でありながら、神と等しい者であることを固執しようとは思わず、かえって自分を無にして僕(しもべ)の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。(ピリピ2:6-9)」キリスト・イエスの謙遜な歩みに対して父なる神はキリストを高く上げ、あらゆる名に勝る栄誉を与えられ、「王(キング)の(オブ)王(キング)」とされました。

 「こうして天上のもの、地上のもの、地下のもの(全被造物)がすべてイエスの御名にひざまずき、イエスは主であると讃美するのです。」邪(よこし)まで曲った世の支配者の故に、また、私の罪の故をもって、“全被造物は虚無に服しており…今日まで共にうめき、神の子(イエスの業を讃美し従う者たち)の出現を待っている(ローマの信徒への手紙8章)。”のです。

 このような訳で、「まず、自分の救いを達成するように努めなさい(ピリピ2:12)。」わたくしたちの存在は小さく、無力であっても「キリストの霊が内に働いて下さり、御心のままに望ませ、行なわせて下さる。(13節)」のです。私たちは神の導きに「不平や理屈を言わず(ピリピ2:14)」にその言葉と思いと行いにおいて神さまの聖霊の実を結びなさい。「愛・喜び・平安・寛容・親切・善意・誠実・柔和・節制(ガラテヤの信徒への手紙5章22-23節)」がそれであり、「あなたがたは、曲った世の中で星のように輝くようになる。(ピリピ2:15)」と愛をもって励ましています。

 この手紙を書いているパウロも、「わたしはこれらのことを完成したとか、実行できているとは思いません。」と言い、「何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。…なすべきことは、唯一つ、後ろのものを忘れて前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召してお与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。(ピリピ3:12-15)」

 人生とは求道生活であり、完全も完成もありません。捕らえようとして走る道程なのです。そのプロセスを「喜んで…いなさい」と言う。ピリピへの書簡を「獄中からの書簡」といいますが、パウロは伝道者として迫害を受け、ローマの牢に捕われの身でした。この境遇にあって「よろこびなさい」と励ましています。神さまの加護にある心の平安であり、天に在る喜びです。私たちも神の意志、愛のもとに在る「同じ囲いの中に在る小羊を育てる」という目標のもとに、愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、励まし合い、喜んで、この道程を走って参りましょう。

 

 

園長 山田 昭和