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三重県四日市市の
小川の流れる幼稚園です。

12月の聖句

今月の聖句

「光は暗闇の中で輝いている」

ヨハネによる福音書1章5節

 

12月の聖句

師走(しわす)。12月を迎えました。この月はイエスさまがお生まれになったことを祝う月です。静かに自分と向き合い「天に栄光、地に平和」と歌う天使の御声に耳を傾け、輝く光を見つめましょう。 

「光は暗闇の中に輝いている」は、象徴的であり、今の世にあって道しるべであり、希望です。イエスの弟子ヨハネが示した「光」とは何でしょう。「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので言によらず成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている(ヨハネ1:1-5)。」 更に、「言は肉となってわたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた(1:14)。」と続きます。「神は独り子をお与えになったほどに世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである(ヨハネ3:16)。」その独り子であるイエスさまは、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければだれも父のもとに行くことはできない(14:6)。」と言われました。

最も高い座にあった神の子は、「肉となってわたしたちの間に宿られた」私たちと同じ人間のかたちをとられたということは弱さも悲しみも貧しさも限界もある私たちの世に共に住んだことであり、醜い闇の中にあったことです。しかし、父なる神の栄光をまとって恵みと真理(まこと)に満ちており、わたくしたちを支え希望を与えて下さる方として今も輝いている。天使がクリスマスの夜、羊飼いたちに「今日ダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシア(救い主)である(ルカ2:11)。」と紹介された方です。

イエスさまのお生まれになる700年程前、預言者イザヤは「闇の中を歩んでいた民は大いなる光を見た。死の蔭(かげ)の地に住んでいた者たちの上に光が輝いた(イザヤ書9:1)。」と告げています。死の蔭の谷はどれ程の闇であったか?「地を見渡すと、見よ、苦難の闇、苦悩に満ちた暗黒、そして追放の暗闇(イザヤ8:22)」であり、右を見ても左を見ても、真っ暗闇の地獄です。そのような中で「神ご自身があなたがたにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産みその名インマヌエル(神とともにいます)と呼ぶ(イザヤ7:14)。」と預言しました。“おとめが身ごもる”マリアと婚約して、夫となるヨセフは、マリアが身ごもっていることが分かったとき、表沙汰にすることを望まず、ひそかに離縁しようとしました。その時、天使が夢の中に現れ「ダビデの子ヨセフ、恐れずマリアを妻に迎えなさい。マリアに宿った子は聖霊の働きによるのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名づけなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。見よおとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。これは神はわたしたちと共におられるという意味である(マタイによる福音書1章20-23節)。」と記されています。

イエスさまは光として命として真理として希望として、いつもわたくしたちと共にいて下さり、輝いています。

12月は世界の各国各地でヘンデルの「メサイヤ(救世主)」が演奏され、ここに記した旧・新約聖書に示された神の子イエスの誕生物語が合唱され、よろこべ シオンの娘(神に選ばれた人々)よ、讃美せよハレルヤ、とコーラスが声高く響き亘ります。「最も高いところでは、神に栄光!地には平安、御心にかなう人と共にあれ!」と。私たちも共に歌いましょう。

 

 

園長 山田 昭和