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三重県四日市市の
小川の流れる幼稚園です。

9月の聖句

今月の聖句

「わたしはあなたがたを友と呼ぶ」

ヨハネによる福音書15章15節

 

9月の聖句

 2学期が始まりました。収穫の秋と呼ばれますが、芋ほり、稲刈り、ありがとう礼拝、年長組さんは今年は7月に出来なかったお泊り遠足、そしてクリスマスを迎える「聖劇」、おもちつき…と、行事も続き、霊的な心の成長が著しい季(とき)となります。

 「わたしはあなたがたを友と呼ぶ(15節a)。」なぜなら「わたし(イエス)が父から聞いたことをすべて知らせたからである(15節b)。わたしはあなたがたを僕(しもべ)とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである(14節)。」とあります。文脈が前後しましたが、イエスさまは年齢およそ30歳の頃になって神の子としての公生涯をガリラヤの地方から始められ、まず12人の弟子を選び、各地を巡って伝道し、人々の病を癒し、多くの奇跡を行い、今エルサレムに上都して来ました。入城の折には、大勢の群衆が「ホサナ(どうぞ救ってくださいの意)ホサナ。主の名によって来られる方に祝福があるように、イスラエルの王に(12章13節)。」と叫びました。弟子たちは「これらのことが分からなかった(12:16)。」とあります。イエスさまが弟子を友と呼ぶに至る背景を見ましょう。

 12章では、イエスが子ロバに乗ってエルサレムに入り、群衆は旧約聖書に預言されている王として歓迎しました(ちょうど、7月号の詩篇118篇の25節です)。弟子たちはその意味を悟りませんでした。13章では12人の弟子と最後の夕食を共にし、その折、上着を脱ぎ自ら弟子たちの足を洗われました。そして互いに足を洗い仕え合い、愛し合いなさいと模範を示されました。また、食事中に弟子のひとりであるイスカリオテのユダが自分を裏切ろうとしているとの予告もなさいました。

 14章では、有名な聖句「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければだれも父のもとに行くことは出来ない(6節)。」と言われ、わたしを見たものは父を見たのである。更にイエスがこの世を去った後、父がイエスの名によって別の弁護者である「聖霊」を与えて下さり、すべてを教え助けて下さること、「わたしはあなたがたに平和を与える。そして、天にあなたがたのために場所を用意し、また戻ってくる」と約束しました。そして、15章の冒頭で「わたしはまことのぶどうの木」と語り始めました。ぶどうは、旧約聖書で選民イスラエル民族の象徴です。「わたしはまことのぶどうの木。あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていればその人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである(5節)。」イエスを親(おや)石(いし)とする新しい霊的イスラエル民族の形成。時代も国境も歴史も文化も越えて、新しい民族の成立。その新しい戒め、律法は、わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの戒めである。(12節)。」「互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である(17節)。」そして、イエスは互いに愛し合う者を「友」と呼んでくださいます。

 「神は独り子を世にお遣(つか)わしになりました。その方によってわたしたちが生きるようになるためです。…いまだかつて神を見た者はいません。私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちの内にとどまり、神の愛がわたしたちの内に全うされているのです。(ヨハネの手紙Ⅰ3:9,12)。」

 

 

園長 山田 昭和