自然とともに、すくすく。のびのび。
三重県四日市市の
小川の流れる幼稚園です。

3月の聖句

今月の聖句

「わたしは必ずあなたと共にいる」

出エジプト記3章12節

 

3月の聖句

 春3月。卒園生のみなさん、お父さん、お母さん、おめでとうございます。いつも一緒だったお兄ちゃんお姉ちゃん、そして弟たち妹たちのお友だち、たくさんの先生方ありがとう。育って巣立っていかれる皆さん、おひとりおひとりの生涯を通して、その折々に「わたしは必ず共にいる」と言われる神さまの声を聞かれるよう、教職員一同お祈り申し上げます。聖書はどのページを開きましても「主(しゅ)」なる「三位(さんみ)一体(いったい)」の神が共にいて下さることを記しています。

 父 =天地に存在する全被造物(ぜんひぞうぶつ)を創造し、大きな力をもって今も保持し、摂理される。

 み子=イエスさまとして受肉(じゅにく)(人間となる)され、わたくしたちの罪を贖(あがな)うために十字架に死んで救いの業を完成された。その名はインマヌエル(神が私たちと共に)。

 聖霊=わたくしたちの体を宮(神殿)として住まわれ、聖書の言(ことば)と共に働き励まして聖(きよ)くしてくださり、行く道を照らして下さる。その名はカウンセラー(弁護者)。

 主は、私が母の胎に宿った時から、悩み深い乱世を生き、一つ一つの節目を経て最後に死の床に、そして美しい都、神のみ国に帰る日まで共にいます。主の御計画や、自分の生きる人生の意味や目的が分かれば平安を得、希望をもって充実した日を過ごすことができます。

まきば幼稚園の存立の目的は「神を賛美するため(詩篇102:19)。」であり、「牧場」は幼い子どもたちの未来に希望を与える場(フィールド)です と謳(うた)っています。また、「まきばの教え」の基礎(いしずえ)になっている聖書は詩篇139篇です。「あなた(主)は、わたしの内臓を造り、母の胎内にわたしを組み立てて下さった。わたしはあなたに感謝をささげる。わたしは恐ろしい力によって驚くべきものに造り上げられている。御業がどんなに驚くべきものかわたしの魂はよく知っている。秘められたところでわたしは造られ、深い地の底で織りなされたあなたは、わたしの骨も隠されない。胎児であったわたしをあなたの目は見ておられた。わたしの日々はあなたの書にすべて記されている。まだ、その一日も造られていないうちから(13~16)。」わたしの生涯の一日一日の行動計画日誌が、私の生まれる前から主によって記録が始まっている(詩139:16)とは、何と恐れ多いこと、また、何と平安と安堵感を与えて下さる言葉でしょうか。そして、そのことを人生の節目となる折々に「わたしはあなたと共にいる」と声かけされます。また、その人に使命(神の計画を実行するための役割)を与えます。2018年1月の聖句「見よわたしはあなたと共にいる(創世記28:15)。」は、イスラエル民族の祖、アブラハム、イサク、ヤコブの、その「ヤコブと共にいる」のです。兄エソウが自分を殺そうとしていることを知って、母リベカの兄ラバンが住むハランに逃れる途上、野宿したとき、主が夢に現れ「わたしはあなたの父祖アブラハム、イサクの神、主である。今横たわっている土地をあなたとあなたの子孫に与える…“見よわたしはあなたと共にいる”あなたがどこに行ってもわたしはあなたを守り、必ずこの地に連れ帰る(13~15)。」と言われました。そして今回「わたしは必ずあなたと共にいる」の“あなた”は「モーセ」です。ヤコブに与えられた地に飢饉(ききん)が起こり、イスラエル民族はエジプトに逃れて寄留の民となり、幾世代を重ねて400年。今や奴隷の立場に貶(おとし)められ、苦役にあえいでいます。奇(く)しくもモーセは赤ん坊の頃、ナイル河の葦(あし)の中から王女に拾われ成人しましたが、ある日ユダヤ人とエジプト人が争っているのを見て、同胞の血に目覚めエジプト人を殺めて土の中に埋め、ファラオ(王)の目を逃れて追われるように荒野をさまよい、ミデアンの地に安住の場を得、有力者の娘と結婚して羊飼いとして一家を成しました。ある日、羊の群れを追って神の山ホレブに来たとき「モーセよ、モーセよ」と呼ぶ声に「はい」と答えると「わたしはあなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と名乗り、「今行きなさい。わたしはファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトの地から連れ出すのだ(出3:10)。」と、その使命を与え、「わたしは必ずあなたと共にいる(3:12)。」と約束されました。モーセが民にあなたの名を何と伝えるのかと問うと、「わたしは“ある”という者」と答えました。「わたしはある」その名は「ヤハウェ(主)」、それぞれの状況の中に救いの業をなす方として「ある」方。出エジプトしてナイルの水を分け、昼は雲の柱、夜は火の柱として、ついて来た岩として水を与え、マナを降らせ、40年の砂漠の旅を支えられました。卒園する子たちよ!今行きなさい。わたしは「ある」と言われた方が共におられます。

 

 

園長 山田 昭和