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11月の聖句

今月の聖句

「わたしの恵みはあなたに十分である。」

コリントの信徒への手紙2 12章9節

 

11月の聖句

 11月は、雅語では「霜月(しもつき)」。霜夜(しもよ)と呼ばれる寒い夜、雨でも氷でもないものが草木や土の表に触れて葉を枯らし、大地を凍らせます。冬への序章(じょしょう)です。

 さて、今月の言(ことば)は、使徒パウロに対して、主(イエス)は、「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中で完全に現れるのだ」だからキリストの力が私に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう(12:9)。」です。

 この告白のおよそ20年程前パウロは「人生の盛(さか)り人の季(とき)」であり、イエスの働きとその道を阻(はば)もうとする活動家たちのリーダーでした。「さて、サウロは、なおも主(イエス)の弟子たちを脅迫し、殺害しようと意気込んで(使徒9:1)、ダマスコの諸会堂宛の手紙を求めた。それは、この道(キリスト教)に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げエルサレムに連行するためであった(2)。

 ところが、旅の途中、ダマスコに近づいたとき、突然天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウルなぜ私を迫害するのか」と語りかける声を聞いた(4)「主よあなたはどなたですか」と言うと答があった「私はあなたが迫害しているイエスである(5)…立ち上がって町(ダマスコ)に入れ、そうすれば、あなたのすべきことが告げられる(6)…サウロは地面から起き上がって、目を開けたが何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った(8)」

 一方、ダマスコでは、イエスはアナニヤと言う人物を召し、「…ユダの家に居るサウロと言う名のタルソ出身のものを訪ねよ、彼は今祈っている(11)。…「行け、あの者は異邦人や王たち、またイスラエルの子らの前に私の名を運ぶために私が選んだ器(うつわ)である。私の名のためにどんなに苦しまなければならないかを彼に知らせよう(16)」“アナニヤは、サウロの上に手を置いて、言った「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおりに目が見えるようになり、聖霊に満たされるようにと私をお遣(つか)わしになったのです(17)。
 
 すると、たちまち目から、うろこのようなものが落ち、サウルは元どおり見えるようになった(18)」…このサウロの回心とイエスによる召命は、紀元34年頃と考えられます。名前もパウロと改められました。イエスさまの存命中の直弟子(じきでし)ではありませんでしたが、「その言葉は世界の果(はて)に向かう(詩篇19:5)と預言された使命を実現する器として、この20年に3回の伝道旅行を敢行(かんこう)し、現在のトルコ地方、2・3回目はエーゲ海の向こう(東海岸地方)とギリシャ、謂ゆる異邦の地(今の西洋)へ踏み込んだのです。パウロは伝道活動を戦争に譬(たと)え“神の武具を身につけなさい。私たちの戦いは支配と権威と暗闇の世界を支配する者、天にいる悪霊を相手にするものなのです(エフェソ6:11-2)”と言い自分の受けた苦難については、「しばしば旅をし、川の難、盗族の難、同胞からの難、町での_、海上の_、偽教師たちの_、と列挙(26節)し、更に“しばしば眠らずに過し、食べずにおり、さむさに凍え、裸でいたときもありました(コリントⅡ11:26~7)。」”と、告白しています。

 しかし続く12章で、“主イエスは、「私の恵みは、あなたに十分である。力は弱さの中で完全に現れるのだ」と言われました。だから、キリストの力が私に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。(コリントⅡ12:9-)。更に、それ以後、老境(ろうきょう)を迎えて10年近く、「パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない(使徒言行録27:24)。」として、ローマに向かい、晩年を獄中に繋(つな)がれ、紀元65年、皇帝ネロの下で殉教しました。イエスに選らばれた器として30年余。各地に多くの教会を建て、その教会を励ます書簡を送って、キリスト教の教理体系を確立(かくりつ)しました。新約聖書27巻中、14巻がパウロの手によるものであり、内4巻は獄中で書かれました。紀元50年頃とされる「マルコによる福音書」を除いて、他の福音書や言行録はパウロの亡き後、65~100年頃に書かれました。ネロも紀元68年に自殺しましたが、イエスの御言葉と御業は燎原(りょうげん)の火の如くローマ帝国を席捲(せっけん)して、キリスト教国とし、福音は世界の果に向かいました。

 自然の営みの理も、一人の人間の「生涯のこと」も、「神の恵みにより十分である」。感謝と平安の月でありますように‼

園長 山田 昭和