自然とともに、すくすく。のびのび。
三重県四日市市の
小川の流れる幼稚園です。

まきばQ&A

まきばQ&A

まきば幼稚園の雰囲気はいいのだけれどお勉強は大丈夫かしら?
「保育時間が短い」、「お弁当が手作りで大変」etcの声が聞こえてきます
その一つ一つにお答えして、まきば幼稚園が大切にしていることをお伝えできればと思います

Q1:森をつくったのはどうしてですか?
私達の社会に「いのちの感覚が薄れている」という実感があります。 いのちの大切さを・・・とどれだけ力説しても、体験が無ければ理屈のみで、届きたい「いのちの感覚」からは離れていきます。 大人の小手先の技術や自然体験の切り売りだけでは間に合わない、「子ども達を自然に帰す」ことしか方法が無いと思えました。 2000年3月どしゃ降りの中、小さな苗木をおうちの方たちも一緒に植えました。 川を掘り水を流しました。 私達は川を作っただけなのに、岸にはたんぽぽやスミレが咲き、とんぼやちょうちょの数や種類が増え、クワガタまで来るようになりました。自然があるべき姿に戻ろうとする力は本当に不思議です。 子ども達のいのちの感覚が呼び覚まされていく場を提供すること、これが今の時代の子ども達へのせめてもの大人の責任かと思います。

Q2:変わった園舎ですねぇ・・・
昔の下町には路地があって、そのつきあたりに広場や神社があって、そこがコミュニティーの場でした。 路地には子ども達が遊び、広場では祭ごとが開かれ、地域の心をひとつにしました。 園舎のウッドデッキは路地のように遊びが湧き上がるところ。 遊戯室は遊びもするけれど、礼拝の場となります。 人の生活の原型がこの園舎にはあります。ホテルのような快適さはありません。 冬の寒さを感じ、夏の暑さを感じる園舎を求めました。気候の変化や季節を肌で感じながら、それに適応する力、自然な快適さを感じる能力を身につけてもらいたいのです。

Q3:「たくましく生きる力」とは何でしょうか?
それは「知っていること」「判ること」「できること」がひとつであるということです。 つまり、知・情・意の働きがひとつになった時がその人自身の「実力」です。

Q4:知・情・意の働きがひとつになるためには?
大人は知っていることを試しにやってみて学ぶというやりかたをしますが子どもは逆の方向です。 体験の中で学ぶのが子どものやり方です。 子どもはもともと、「やってみて」「感じて」「考える」という過程で学習するものなのです。 ですから、子どもに大人のやり方をやらせてしまうと、それ以上には学習できなくなります。 あるいは、学習ということが知識の集積でしかなくなって「生きる力」のない子を育ててしまうのです。

Q5:「たくましく生きる力」をつけるには?
文部省は、2002年から「総合学習」の時間を設けてそのカリキュラムすら白紙のまま各々の学校に手渡そうとしています。学校自身にも「生きる力」を身に付けろということなのでしょうか。 まきば幼稚園は、改めて言われるまでもなく、ずっと以前からこの点を大切にしてきました。 幼児は「遊び」が「生活」であり、「学習」でもあります。 〇〇遊びという言い方でおとなの考えた遊びを教えたり大人の用意した通りに遊ぶことをさせて、「遊びながら学びます」という幼稚園もあります。でも、それは本来の「遊び」とはいえません。 子どもの内から湧き上がってきた遊びを「遊び」というのです。その「遊び」を遊び込むこと、仲間と遊ぶことが「生きる力」を育てるための学習となるのです。

Q6:お勉強を教えて欲しいのですが?
字や数字に興味を示す時期があります。その時にこそ教えるチャンスです。その時に丁寧に教えるべきなのです。 ある小学校の先生に「幼稚園で全部やってきた子は、小学校の勉強に興味を持てずつまらない。幼稚園では「意欲」を育てて欲しい」と言われました。 また「まきばの子どもたちは『やってみた~い』と人のできたことを心から喜び、自分も挑戦したいと言います」とも言われました。 子どもの性格にもよりますから、まきばの子どもが皆そうだとはいいきれません。でも、少なくても意欲のある子どもたちが育っています。 興味がないのに教え込む。時が来ていないのに教え込むことにどれほどのメリットがあるのでしょうか?

Q7:まきばではまったく文字や数字を教えないの?
いいえ。まきば幼稚園では文字的な環境を大切にしています。 お互いにお手紙を書きあったり絵本を読んだりして文字に親しみ、文字本来の役割、つまり「思いを伝えたい」あるいは「物語を楽しむ」というところから出発していきます。 ですから、文字や学校で勉強することへのアレルギーはまずないと言ってもいいでしょう。 また、数についても、”おやつを3つずつ配ってね” ”今日は○人お休みなので○人だね”というように。あるいは、お店屋さんごっこなどで数の概念が子どもたちの内に湧き上がるのを手助けしています。 あるいは、お店屋さんごっこなどで数の概念が子どもたちの内に湧き上がるのを手助けしています。 そして、子どもたちにとって 砂場での遊び、水を使うこと、散歩にいくことすべてが体験学習であり、その後に来る「知識」や「考え」をまとめるという学習のための情報を体が収集しているともいえるのです。

Q8:自由工作ばかりでなくちゃんと作ることを教えてもらいたいのですが?
さきほどから言っている「たくましく生きる力」とおおいに関連のあることです。 何故まきばは「はい。ここは切って、ここを折って・・・」と教えないのでしょうか? 脳の働きの話をしましょう。知能には、計測できる知能と計測できない知能があるのです。計測できるとは、字が書ける、計算力などといわれるペーパーテストでは計測できる知能のことで、計測できない知能とは、想像力・集中力・創造力といった知能のことです。それらには、どんな力があるのかまだまだ解明されていません。 計測できない知能こそ、たくましい脳、総合力なのです。 そこで、まきばは工作の作り方を大人のやり方で教えません、でもはさみの持ち方や使い方、セロテープの使い方・・・そして、どうしたらもっと良くなるかを適切に教えたいと思っています。 最初はセロテープで箱と箱をつないだりするだけの電車が、窓をつけタイヤをつけ切り抜いて電車らしくなり積み木で線路などにしていたのを画用紙に貼り付け、お店なども描いて・・・というようにひとつのものが1年2年経つうちに変化し、成長し、広がり、深まっていくのです。 そこで養われるのが、たくましい脳、総合力であり、繰り返し繰り返し作っていくうちに上手にきったりはったりという技術もおのずとついてくるのです。これは単に課題としての制作を教えているのでは育つことのないものなのです。私たちはこの脳を保育していくのです。

Q9:なぜまきばの園庭には大型固定遊具がないの?
幼稚園の園庭は遊園地ではありません。ひとつひとつに教育的配慮がなくてはなりません。 園庭は運動場でもありません。適切に子どもたちの運動能力を育て、子どもたちの将来の科学する心を育み、あるいは感動体験の場となる場所なのです。 もともとジャングルジムや登り棒は、木登りが・・・。滑り台は、坂すべりが・・・。ブランコは、つるにぶらさがってターザンのようにゆれるところに原型があります。設定された固定遊具よりもさらに原型に近づけていきたいと考え、庭に小川を流し、山を作り森を育てようとしています。 10年20年経ったときに、まきばの庭は、いのちに溢れ人を人として育てる素晴らしい庭となることでしょう。

Q10:キリスト教の幼稚園なんですか?
まきば幼稚園はキリスト教会が建てた幼稚園で、その教育の精神のバックにあるものはキリスト教です。真の宗教は、今はやりのカルト宗教のような人を惑わすものではなく、人の生活の土台となるものです。 今、多くの教育者たちが「教育には宗教が必要」と言っています。なぜなら、生命の出発点、目に見ることはできない「神」の存在を畏れ愛するということは、目に見えない人の心を大切にすることにつながるからです。これからの世界を造っていく子どもたちには「自分を愛するように隣人を愛する」ことのできる人間に育ってもらいたいものです。

Q11:自由保育ってきいたけど・・・ほったらかしってことでしょ?
自由と自分勝手は違います。放任は自分勝手を生み出します。真の自由は「責任」を生み出します。 自由保育という言葉は、もう古いのですが、何を自由にするのかといいますと「表現活動」が自由ってことなのです。絵や工作、リズム、歌のような自分を表現することを「表現活動」といいます。 子どもたちの作り出す「ごっこ遊び」や「劇遊び」なども「表現活動」なのです。工作や絵を教え込むことをせずに、その子自身から出てくるものを大切にするのは、それがその子の自己表現、人格の投影だからです。 自由保育というのは、そのような子ども自身の表現をあるいは自己実現を保障していく保育なのです。 当然のことながら、何をしていても良い自由、というのはあり得ないのです。それは我がままであり、自分勝手です。集団の中で共に遊ぶ時、必ず欲求のぶつかり合いが起こります。その時こそ、人への思いやりルールを学ぶ時です。幼稚園はそのためにあり、保育者はひとりひとりの育ちをみています。

Q12:お弁当を作るのが大変な気がします。
人によって大変と感じる度合いは違いますね。最近は大変と感じる方が増えてきていますから、少しお手伝いをさせていただこうかと考えています。 手始めとして、2000年度から「パン給食」と「おにぎりの日」を設けることになりました。 手作りのお弁当にこだわるのは、この時期の子どもたちには、作った人の顔の見える物を食べさせてやりたいと思うからなのです。内容についてもですが、それよりもお母さんが作った物、特別に上等のものでなくてもおふくろの味を大切にしていきたいのです。それが青春期になった時、ものを言うのです。 お母さんとの関係がうまくいかなくなった思春期の少女は、お母さんの作った物を一切口にしなくなりました。 またある少年は非行に走りました。でもちゃんと家に帰ってくるのです。そのお母さんが言ったこと・・・ 「彼の胃袋だけは、私の愛で満たしたい」そして彼は自分の仕事を持って社会に出ました。 この人生の根っことなる時代にどこの誰が作ったのかわからない物で子どものお腹を満たしたくない・・・・。 お弁当はお母さんと子どもたちの心と心をつないでいく心の架け橋になるのです。 お弁当をあけた時、子どもはそこにお母さんの顔を見、お母さんの愛を食べているのです。
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